江戸時代の名古屋城下「東照宮祭」

舞楽奉納(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

舞楽奉納(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

尾張名所図会 舞楽奉納原本

尾張名所図会 舞楽奉納原本

舞楽奉納 打球楽(だきゅうぎらく)

舞楽奉納 打球楽(だきゅうぎらく)

舞楽奉納 落蹲(らくそん)

舞楽奉納 落蹲(らくそん)

動画

【動画】東照宮祭 舞楽奉納

神輿渡御の行列(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

神輿渡御の行列(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

尾張名所図会 神輿渡御の行列原本

尾張名所図会 神輿渡御の行列原本

神輿渡御の行列(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

神輿渡御の行列(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

尾張名所図会 神輿渡御の行列原本

尾張名所図会 神輿渡御の行列原本

尾張名所図会 七間町弁慶車(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

尾張名所図会 七間町弁慶車(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

尾張名所図会 七間町弁慶車原本

尾張名所図会 七間町弁慶車原本

東照宮祭礼は四月十五・十六日に行われ、十六日には山車や三基の神輿(みこし)が加わった総勢4000人を超える行列が名古屋城を出て本町通を下り末広町の御旅所へ向かった。名古屋三大祭りのなかでも最大の規模を誇っていた。 戦前まで「名古屋祭」と言えばこの東照宮祭を指していたが、戦災で山車を焼失、現在では東区筒井町「湯取車」1台のみが残っている。 (モノクロの尾張名所図会をデジタルでイメージ着色)

江戸後期の名古屋城下

 

江戸後期の名古屋城下図を拡大

江戸後期の名古屋城下図を拡大

尾府全図の一部

矢印の方向にお旅所へ行列は進む。

矢印の方向にお旅所へ行列は進む。

矢印の方向にお旅所へ行列は進む。

地図


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最終更新:2012年4月7日 18時31分

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