魚の棚通(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)
尾張名所図会 魚の棚通原本
堀川東岸の木挽町、久屋町筋(東西を走る道を筋と呼んだ)には魚を売る店が多く魚の棚と呼ばれていた。東照宮の祭礼の十六日には見物客相手に弁当などを販売した。家ごとに提灯を掲げ、芸妓が赤たすきで手伝っている。
現在の風景 魚の棚通「料亭河文」前
江戸後期の名古屋城下
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尾府全図の一部 尾張名所図会は、矢印の方向から描かれています。
地図
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最終更新:2012年4月11日 16時53分

