江戸時代の名古屋城下「名古屋城」

名古屋城天守(モノクロの尾張名所図会をデジタルでイメージ着色)

尾張名所図会 名古屋城原本

尾張名所図会 名古屋城原本

名古屋城は蓬左城ともよばれていた。「蓬左」とは蓬莱の宮、熱田神宮の左側にある町を示す。名古屋城は江戸初期の代表的な平城で、本丸、 二の丸、西の丸、御深井丸、三の丸からなっており、五層の天守と小天守が連結している。天守の屋根の両端には金鯱が飾られ名古屋城下を見下ろした。
手前に流れる堀川は、築城時に福島正 則によって開削された。開削当初は画面 中央の朝日橋で止まっていた。その後現 在の猿投橋まで開削され、明治10(1877) になって矢田川を地下でくぐり、庄内川につながれた。

名古屋城と本丸御殿完成予想図

名古屋城と本丸御殿完成予想図

焼失前の名古屋城と本丸御殿(デジタル着色)

焼失前の名古屋城と本丸御殿(デジタル着色)

現在の風景 雪の名古屋城

現在の風景 雪の名古屋城

江戸後期の名古屋城下

江戸後期の名古屋城下

江戸後期の名古屋城下図を拡大

江戸後期の名古屋城下図を拡大

地図


より大きな地図で アーカイブス江戸時代 を表示

動画

【動画】名古屋城と本丸御殿

【動画】名古屋城本丸御殿上棟記念式典 2011年7月12日

名古屋城天守(モノクロの尾張名所図会をデジタルでイメージ着色) その1

名古屋城天守(モノクロの尾張名所図会をデジタルでイメージ着色) その2

名古屋城天守(モノクロの尾張名所図会をデジタルでイメージ着色) その3

最終更新:2012年4月19日 14時55分

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...