江戸時代の名古屋城下「清寿院(大須)」

清寿院(大須)(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

清寿院(大須)(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

尾張名所図会 清寿院原本

尾張名所図会 清寿院原本

那古の山古墳(前方後円墳)の場所に修験道の寺院であった清寿院が建っていた。明治維新を迎え清寿院は廃寺となり、その後市内で最初の浪越公園なった。明治四十二年(1909)鶴舞公園ができるまで市民に親しまれていた。

現在の風景 那古野山公園

現在の風景 那古野山公園

江戸後期の名古屋城下

江戸後期の名古屋城下図を拡大

江戸後期の名古屋城下図を拡大

尾府全図の一部 尾張名所図会は、矢印の方向から描かれています。

地図


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最終更新:2012年4月11日 15時45分

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