江戸時代の名古屋城下「七ッ寺境内」

七ッ寺境内(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

七ッ寺境内(白黒の尾張名所図会をイメージ着色)

尾張名所図会 七ッ寺境内原本

尾張名所図会 七ッ寺境内原本

七ッ寺のある大須界隈は、特に七代目藩主宗春の時代に、芝居や寄席、見せ物などで にぎわった。宗春失脚の後、芝居、遊郭は禁止されたが見せ物は許可された。 参拝客は、七ッ寺の境内にある茶店で庭園を楽しみながら時を過ごした。

現在の七ッ寺境内

現在の七ッ寺境内

江戸後期の名古屋城下

江戸後期の名古屋城下図を拡大

江戸後期の名古屋城下図を拡大

尾府全図の一部 尾張名所図会は、矢印の方向から描かれています。

地図


より大きな地図で アーカイブス江戸時代 を表示

七ッ寺

  • 戦災で焼失前の七ッ寺

    戦災で焼失前の七ッ寺

  • 戦災で焼失前の七ッ寺

    戦災で焼失前の七ッ寺

最終更新:2012年4月11日 17時58分

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...