アーカイブス

  • 2012年5月14日

    江戸時代の名古屋城下「中根村」

    江戸時代の名古屋城下「中根村」

  • 2012年5月14日

    江戸時代の名古屋城下「音聞山」

    江戸時代の名古屋城下「音聞山」

  • 2012年5月10日

    江戸時代の名古屋城下「熱田神宮 祈年祭夕供御」

    春に先立って農林水産物の豊作を祈る大祭、一年間の五穀豊穣を祈る祭り。 供え物をいれた櫃を御供所から内陣へ運ぶ祭礼。大篝(かがり)の他、無数の灯火を点す。 秋の新嘗祭も同じ内容で行われる。

  • 2012年5月8日

    江戸時代の名古屋城下「梵天祭(大須)」

    宝暦13年(1763)に、名古屋で流行した祭。 商家の子供たちが、剣形や箱祓を竹ざおの先に取り付けた梵天(ぼんてん)を持って、 笛太鼓に合わせて練り歩き、夜には提灯を持って集まった。 竹で出来た骨組みに紙や布を張ったハリボテ...

  • 2012年5月2日

    江戸時代の名古屋城下「大須奉納馬の頭」

    もともとは桶狭間の合戦での織田信長公の勝利を喜んだ地元の人たちが飾り馬を引いてお祝いに 駆けつけた事を発祥とする、郷土の祭礼行事。 また大須観音と馬とは昔から大変縁が深く、川の氾濫から多くの什物を救われた故事から、 馬に感...

  • 2012年5月2日

    江戸時代の名古屋城下「大須門前町 若宮祭黒船車」

    若宮祭と亀王天王社例祭は同じ日に行われ、二つを総称して祇園祭と呼ばれた。 六月十六日に神輿と山車七輌が亀王天王社を訪れる。なかでも黒船車は船の形で ところどころで船歌を歌いながら進んだ。

  • 2012年4月27日

    江戸時代の名古屋城下「本町六丁目 小見山宗法店」

    紀州和歌山の浅野幸長の家臣であった小見山家は、幸長の娘春姫が尾張藩祖徳川義直に嫁いだのをきっかけに尾張藩に随行した。 後に、尾張藩医となった小見山宗法は、尾張藩の筆頭の薬屋として繁盛した。

  • 2012年4月25日

    江戸時代の名古屋城下「梵天祭(丸の内)」

    宝暦13年(1763)に、名古屋で流行した祭。一般民衆が中心となって、おそろいの頭巾を被ったり、 おそろいの衣装を着けたり、おそろいのお面を着けたりして行列した。 夜祭には大仕掛けな造り物が出される。この図は三十三所の観音を模...

  • 2012年4月19日

    明治時代の名古屋「裁断橋」

    東海道の宮宿の東を流れていた精進川(現在の新堀川)に架けられた橋。明治43年(1910)に河川改修により川筋が変わり 大正15年(1926)には埋立られて原型は残っていない。

  • 2012年4月18日

    明治時代の名古屋「日本車両製造株式会社」

    明治29年(1896)9月に鉄道車両の製造販売を目的として設立された。現在は鉄道車両、建設機械、特装車、橋梁、農業用プラントなどの 製造を行っている。