東海道
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2011年12月5日
二川宿周辺地図(黄線が東海道) 三河国最東端の宿場町である二川宿は、白須賀宿から約3km、 東海道五十三次中33番目の宿場で町並みは約1.3㎞、本陣と脇本陣各1軒、家数合わせて306軒、人数1,289の小規模な宿場 であった。東海...
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2011年12月6日
吉田は鎌倉時代から、東海道の前身である鎌倉街道沿いの重要な町の1つ。戦国時代末期には東三河の戦略拠点の1つとして 今橋城(のちの吉田城)が築かれ、以後城下町として発展した。 戦国時代、徳川家康は今川義元の配下に置かれていた。しかし...
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2011年12月6日
豊川を渡り小坂井町に入り約1.4km過ぎた右側奥に、弥生時代中期から古墳時代前期(2000年前~1700年前)にかけての集落跡の爪郷遺跡があらわれる。 爪郷遺跡を過ぎ東海道を進むと豊川市に入るす。国府高校を通りすぎ、しばらく進むと...
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2011年12月6日
見附(みつけ)とは、宿場の入口に石垣などを積み、出入りする者を見張った場所のことで。赤坂宿の東の見附は関川神社の前に置かれていた。 関川神社は、長保3年(1001年)の建立。本殿の横、境内茂るクスノキは、推定樹齢800年といわれて...
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2011年12月6日
長沢の一里塚から約3km進むと、国道1号線沿いに本宿旧東海道入口記念碑が建っている。本宿は近世に入り東海道赤坂宿、 藤川宿の中間の宿として設置された。立場茶屋も二か所あり、旅人の休息の場として繁盛した。 本宿には家康公も食した...
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2011年12月6日
藤川松林を過ぎると国道1号線に合流、しばらく進み国道1号線から右に入り西へ進むと左手に大平の一里塚が現れる。 塚の大きさは高さ2.4m、横幅6.7m、縦右7.3m、縦左8.5mでひし形をしており、榎が植えられている。 現在は両塚の...
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2011年12月6日
安城市に入り尾崎東の交差点を右に入り約1.5km行くと尾崎一理塚の碑に隣接して熊野神社の参道へ着く。熊野神社の西側を鎌倉街道が 通り東海道を鎌倉街道が横切って南に進んでいた。 熊野神社から約1.2km東海道を進み、県道76号線を超...
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2011年12月11日
刈谷市に入ると密蔵院 一ツ木の一里塚跡と続く。密蔵院は臨済宗永源寺派の寺院、三河三弘法の第3番霊場となっている。 東海道沿いに十王堂 、洞隣寺、乗願寺、乗蓮寺があり三河と尾張の境界である境川にいたる。
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2011年12月11日
丹下町の常夜灯から約1.1km東海道を京に向かって進むと天白川、天白橋を渡ると星崎に入る。 江戸時代、星崎はすぐそばまで海が迫る浜辺。その浜辺に塩田をつくり塩作りが行われていた。 ここで生産された塩は塩付街道を通じて各地に送られ塩...
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2011年12月6日
宮宿から桑名宿までは、東海道唯一の海路。七里の渡し場は伊勢国の東口に当り、天明年間(1781~1789)伊 勢神宮の「一の鳥居」が建てられた。 以来伊 勢神宮の遷宮ごとに建て替えられている。 河口のまち桑名を象徴する蟠龍櫓は...











